罪と罰

グリーンマイルという映画をご存じでしょうか。

内容はここでは書きませんが
劇中の台詞が大変印象深く
感銘を受けたのを覚えています。

『彼に触るな。もう十分償った。』

映画の中の彼は
冤罪の可能性もあったものの
命をもって償う形になったのです。

罪というのは
他人にとっては永劫罪なのでしょう。
被害者や被害者の身内からすれば
間違いなく、罪人は以後変わることなく
憎むべき罪人であることはよくわかります。

そして、加害者又は犯罪者は
永劫十字架を背負うべきであることも。

しかし
物理的被害者が居ない薬物犯罪において
その罪と罰についてはその限りではないのじゃないかと思うのです。

もちろん、誰かを巻き込めばその人に対する罪は生まれます。


でも
一人で苦しみ
薬にはまりこみ
抜け出せずにもがき
それによって失うもの、失う人
失う地位を思って恐怖をおぼえ
薬を絶とうと試み
到底誰にも打ち明けられずに
また薬に逃げる地獄を自業自得と諦めてしまう過程は

罪をおかしながら同時に厳に罰せられていると思うのです。


けして
薬物中毒を擁護する記事ではありません。


どんなに苦しんでも薬に手を出さない人がいる。
どんなに不幸でも、どんなに悲しんでも
どんな重圧があっても乗り越える人がいる。

どんな誘惑にも克てる人がいる。

ただ、そうじゃない人もいる。

そうじゃない人は
腐って居ますか。

そうじゃない人は
もう二度と、前を向いてはいけないのですか。

黙せば話せとつつき
話せば揚げ足をとる風潮が嫌いです。



迷惑や心配をかけてなくした信頼は
容易には取り返せないものです。

本人のみが重く重く受け止めているに違いありません。

誰がどんなに罵倒しようと
その言葉に込められたどんな悪意より重い罪と罰
受け止めているに違いないのです。

更正という言葉はこの場合当てはまらないと思います。

もう既に
元の場所に立てない人
元の場所に立つのが困難な人が
それを克服するのに

『謝れ、誠意を見せろ』などと
当事者とその関係者以外が口にする恐ろしさを
僕はグロテスクな映画を観るような気持ちで
眺めています。